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特集 広島の空の歴史 国内線就航から60年 コロナ禍で苦境 航空業界

2021.9.15 16:52
 15日朝の広島空港(広島・三原市)…。乗客に記念品のもみじまんじゅうを配っているのは、全日空のスタッフです。

 新型コロナの影響で、苦境が続く航空業界…。そんな中で「広島の空の歴史」は節目の日を迎えたのです。

 こちらは、今からちょうど60年前…。広島市に当時の広島空港が開港しました。全日空が、大阪の伊丹空港を結ぶ便の運航を始めました。15日は、広島と各地を結ぶ航空路線ができてから60年です。

 翌年には岡山経由の東京便なども就航しました。新幹線も開業していない時代。航空便の就航で、広島と全国の距離はぐっと近づいたのです。

 ▽ 1965年4月  戦後初の国産旅客機YS-11就航

 ▽ 1964年6月  池田勇人首相(当時)

 ▽ 1971年3月  ヘンリー・フォード2世会長と
            松田耕平東洋工業社長

 ▽ 1975年10月 念願の初優勝を果たしたカープナイン
            衣笠祥雄選手ら野手陣は飛行機で帰広

 ▽ 1978年7月  上皇(当時皇太子)ご夫妻

 旧広島空港の旅客数は1960年代後半から年間50万人を超えて、交通機関として定着していきました。滑走路も延長されてジェット機の離着陸も可能になりました。

 1979年にはジェット機が旧広島空港に就航しました。その後、時代はバブルに突入し、1986年度には利用者が100万人を突破するなど、増加の一途をたどります。

 一方で、広島市の市街地をジェット機がひん繁に行き交うようになり、騒音問題も深刻なります。

 当時の空港を埋め立てで広げるのか…。それとも移転するか…。大きな論争を経て、旧空港の開港から32年目の1993年、「新広島空港」が三原市本郷町に開港しました。

 その後、広島空港は、2002年度に年間の利用者が過去最高の344万人に達するなど、年間およそ300万人利用していました。ところが、新型コロナの影響で、昨年度は73万人と激減し、ことし4月から7月の利用者もおよそ25万人にとどまっています。国際線も去年から欠航したままです。

 「弊社も非常に経営は厳しい状況にあります。現在窮乏、将来有望という言葉があります。非常に厳しい環境下にあっても明るい未来を信じて、ひたむきな努力をしていこうじゃないかという思いが込められている言葉です。その言葉を胸にコロナの壁を乗り越えて努力と挑戦を続けていきたいと考えています。」(全日本空輸 広島支店 出口寛支店長)

 開港から60年。広島空港は、立ちはだかる壁を飛び越えていけるのでしょうか。
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